原点
北海道東部・中標津。人口の少ない地方の総合事務所で、地域の身近な事件に向き合いながら、私はもうひとつの重い課題を背負ってきました。アイヌ民族の権利です。 先住民族が、自らの川で鮭を獲る——ラポロアイヌネイションが国と道を相手に起こした「サケ捕獲権(さけ捕獲権)確認訴訟」。私はその弁護団の一員として、アイヌの人びとの先住権を法廷で問うています。この問いを世界の水準で鍛えるため、私は日々の業務のかたわら英語を鍛え、単身アメリカへ渡り、イリノイ大学で先住民族の漁業権の生成過程と、自由権規約27条が保障する文化享有権の射程を学び直しました。 留学先では、研究者にならないかと強く勧められました。インディアン法の研究者は世界的にも少なく、声をかけてもらえたのは光栄なことでした。それでも私は、依頼者のいる法廷へ帰ることを選びました。研究の森は恐ろしく巨大です。けれど、実務の混乱を解消するために理念を変えるのは本末転倒だと、私は考えています。目の前の一人ひとりのために働きながら、その足元から、曲げてはならない原理を問い続ける。地方にいても、世界とつながることはできる——それが、私の弁護士としての仕事です。
地方に根を張りながら、世界とつながる。
理念は、曲げない。