背景 — ご相談の経緯
J1クラブに所属する20代前半の選手。ユース時代から主力として出場を重ね、前半戦の活躍で欧州1部リーグのクラブから関心を持たれるようになった。本人にとっては、幼い頃から思い描いてきた海外挑戦の、最初で最後になるかもしれない機会だった。 しかし、所属クラブと結んでいた契約には、移籍金の算定基準や移籍の可否に関する条項が曖昧なまま残されていた。クラブ側は主力の流出に難色を示し、交渉は容易ではない。しかも移籍市場(ウィンドウ)が閉じるまで残された時間はわずか。条件面だけでなく、「移籍後に確実に試合へ出られるのか」という選手本人の不安にも応える必要があった。
弁護士の仕事 — 争点と対応
争点は三つ。第一に、曖昧な移籍金条項をどう解釈し、所属クラブとの間で妥当な金額に落とし込むか。第二に、移籍先クラブとの間で出場機会をどう担保するか。第三に、将来さらに移籍する際に育成クラブへ還元される連帯貢献金(ソリダリティ・メカニズム)や再売却時の取り分をどう設計するか。いずれも、FIFAの選手移籍規則(RSTP)とJFAの仲介人規程を踏まえた検討が欠かせなかった。
まず現行契約を条項ごとに精査し、移籍金条項の解釈について所属クラブと粘り強く交渉した。感情論に流れがちな局面を、契約の文言と業界規程という共通の土俵に引き戻していった。 並行して、移籍先クラブとは金額だけでなく「出場機会の保証」を条件として明文化するよう求め、選手のキャリアが数字の駆け引きの犠牲にならないよう設計した。さらに、将来の再移籍を見据えて連帯貢献金の受け取りと再売却時の分配条項を盛り込み、この一度の移籍が長期的な資産になるよう整えた。
選手のキャリアは、移籍金の交渉材料ではない。まず「試合に出られること」を、契約書の言葉で守った。
結果と意義
移籍市場が閉じる直前に合意に至り、選手は欧州1部リーグのクラブへ移籍した。契約に明記した出場保証により、移籍後まもなく先発に定着。若手選手の海外移籍において、移籍金条項と出場保証をいかに設計するかを示す事例となり、同様の岐路に立つ選手・関係者への一つの指針となった。
その後
移籍先で出場を重ね、その後は各年代の代表候補として名前が挙がるまでになった。移籍時に設計した連帯貢献金の条項は、次の移籍でも育成年代を支える形で機能している。
参照した規程・法令
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FIFA 選手の地位及び移籍に関する規則(RSTP)
移籍金・連帯貢献金(ソリダリティ・メカニズム)・育成補償の枠組み。
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JFA 仲介人に関する規則
仲介人としての利益相反の回避と、報酬の適正性の確認。
この記録を参考にした同業
- 田中 健太
- 高橋 美咲