原点
山口県立下関西高等学校から一橋大学社会学部へ。学生時代の4年間はボート部で過ごし、戸田のコースで合宿を重ねました。そこで一流の指導者の仕事ぶりを間近に見て、専門家というものの凄みを知ったことが、のちの転身につながります。 卒業後に入ったのは日本貨物鉄道(JR貨物)。法律とは縁のない仕事を11年続けたのち、2004年に退社して学習院大学法科大学院へ進みました。2008年に新司法試験に合格し、2009年に弁護士登録(司法修習新62期・第二東京弁護士会)。大学卒業から数えて16年、40歳での出発です。組織のなかで指示を受け、期日に追われた11年が、いま働く人の相談を受けるときの土台になっています。 力を注いでいるのは、法律の枠の外で働く人たちの問題です。2019年、まだ法制度が何もない段階でフリーランスの法的保護の必要を論じ、2020年には厚生労働省委託の相談窓口「フリーランス・トラブル110番」の立ち上げに携わって統括責任者に就任。年に1万2千件を超える相談が寄せられるいまも、自ら相談に応じ続けています。2023年からは、フリーランス新法の下位法令を検討する厚生労働省の検討会に参集者として加わりました。学者や労使団体の代表が並ぶ9名のうち、相談の現場に立つ弁護士は一人だけでした。 もうひとつ、15年以上続けている仕事があります。暴力団を離脱した人の社会復帰を支える活動です。日本弁護士連合会と第二東京弁護士会の民事介入暴力対策委員会に所属し、府中刑務所の篤志面接委員も務めます。排除するだけでは、安全な社会にはならない。やり直したい人には、やり直せる場所が要る——弁護士会がまとめた提言は、元構成員の銀行口座開設を支援する制度として実を結びました。口座がなければ給料も受け取れず、働くことすらできないからです。 フリーランスも、暴力団を離れた人も、既存の制度の外側に置かれた人であることは変わりません。制度の外にいる人のところへ、制度を届けにいく——20年近い仕事は、その一点で一貫しています。 東京家庭裁判所の家事調停委員、日本調停協会連合会の研修委員として、人の話を聴き、間に立ち、合意をつくる仕事にも長く携わってきました。十分に聴かないまま出した答えは、たとえ客観的に最善であっても、相談した人の納得にも安心にもならない。それが、相談を受けるときに山田弁護士が自らに課している姿勢です。
答える前に、まず聴く。
制度の外にいる人にも、制度を届ける。